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コラム「国語の教科書」 第1部

お久しぶりです。

今回は少し一皮剥けるためにコラム記事を書いてみます。

で、メイプルの話題で書きたい所だが、自分はまったくやっていないので

前々回に昔好きだったといっていた国語に関連する話を書いていきたい。

(長いのもあれなので2部に分ける)



国語の教科書

それは私たち日本人の母国語である日本語を教育する諸物である。

高い織字率を誇る日本国に於いて、教育の基本中の基本と言えるものだ。


そもそも、言語を習得する能力について考えてみる事にする。

一説には、幼少期に言語習得能力のピークがあるという。

(今や有名な林修先生もよく口にしている。)


大人、もしくは青年期に外国語を習ったとしてもネイティブの子供たちの様にはうまく習得できないのである。

幼稚舎に通っていた頃に、ひらがなとカタカナ 簡単な漢字は滞りなく、織字できた人はどのくらいいるだろう。

運動能力と知力には生まれ持った能力差こそあれ、4~5歳の頃の言語能力には絵本の読み聞かせや自分で読む事によって大いなる伸び代があるだろうね。


「これなんてよむの?」

「ち だよ」


文字にすると伝わりにくいだろうか。

絵本を親や兄弟と一緒に読んで、「ち」という文字が「ち」という発言する記号であるということを子供はこうして覚えていく。

その量が多ければ多いほど、子供は織字していく。

先に触れた様に、読み聞かせ、読む行為によって人は織字していく。

そして、お絵かきの時間に更に織字は進む。


「ざ ってどうやって書くの?」

「さ にテンテンだよ」


こうして口に出して発言している言葉を、文字と一致させていく。

これらは全て私の幼少期の記憶にあることです。

恐らく皆さんも同じ体験をしている事だろう。


小学校ではまずひらがなを習う。

既に完璧に習得している子もいれば、鏡文字の子もいる。

そして、文を読む。

最初はひらがなだけ、後にカタカナも漢字も出てくる。


小学校を卒業する頃には自分で卒業文集の為に作文をすらすら書けるようになる。


このプロセスにおいて、国語の教科書の役割は日本語を教育するものである。

国語の教師と共に、必要な漢字、文法、用法、送り仮名など日本語の文章を読み、作る際に必要な知識を与えてくれる。


そうして、知識を習得してこそ文学作品に触れ、ニュースを聞き、新聞を読み、今このブログを目にして理解出来るのだ。



さて、1部はこれにて終了します。

最後に皆さんに質問をさせて頂きます。


私達のコミュニケーションの基礎を築いた国語の教科書。

あなたは今も持っていますか?
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